天城山随道は標高711メートル地点に作られ、石作りのトンネルとしては国内でもっとも長く、道路トンネルとしては、初めて国の重要文化財に指定されました。随道は、貫通から100年の時を経て今もその姿を残し、明治時代の職人の技を私達に伝えてくれています。
資  料
長 さ 445.5m
4.1m
高 さ 4.2m
工事期間 明治33年〜明治37年
工事費 10万3016円44銭1厘
江戸時代、三島から下田に至る下田街道は、二本杉峠を通る天城越えが最大の難所でした。
明治時代になり改良工事案が県議会に提出されましたが、2度も否決されました。そこで、賀茂郡稲生沢村の県議会議員が「もし下田街道改良工事に反対する議員があるなら、本職はこの場で刺し違えて死ぬ覚悟である」と懐中から短刀を取り出し、演壇に突き立て、この身を挺した説得で工事案が承認されました。
も ど る