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日蓮宗の開祖である“日蓮上人”は、自身の主張を通すが故に他宗や幕府の怒りをかい、1261年伊豆の国へ流罪となりました。城ヶ崎沖の“まないた岩”に放置されましたが、通りかかった漁師に助けられ、約30日間川奈の地にかくまわれました。その後伊豆領主に身分を預けられましたが、当時病気に苦しんでいた伊東八郎左衛門を祈祷により全快させた縁から、3年を仏現寺の地の毘沙門堂で過ごしました。“仏現寺”の名は日蓮によるものです。また仏現寺には“天狗の詫び状文”と言われる巻物があります。約300年前、伊東と中伊豆を結ぶ柏峠に、時折天狗があらわれ人々を悩ませていました。相談を受けた仏現寺住職は祈祷をあげ、ついに天狗を木の上に追うことに成功しました。そして天狗は1巻の巻物を残して消えたそうです。この詫び状は、いまだ読解不能です。
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