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![]() 伊東祐親(いとうすけちか)は平安時代の武将で、河津三郎祐泰(かわづさぶろうすけやす)の父であり、仇討物語として有名な曽我兄弟の祖父にあたる人物です。現在の伊東市を築いた人物として毎年5月に伊東祐親まつりが開催されています。 領土争いの末、自身の代わりに「椎の木三本」(現在の赤沢)にて不慮の最期を遂げた河津三郎のために、祐親は東林寺へ入り、以来東林寺は伊東家の菩提寺となりました。河津三郎は相撲がとても上手く、強すぎたことも伊東家への反感を招いた理由になっていたようです。相撲決まり手の1手「河津掛け」を考案したことでも有名です。 ![]() 本堂の左手に参道がありますが、その入口には日本相撲協会による相撲碑があり、参道を登っていくと河津三郎の墓と曽我兄弟の供養党があります。また東林寺向かいの丘の上には伊東祐親の墓があります。
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